趣味の文芸

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大晦日のBe Myself

この記事は2019/3/09 アメブロ 「くるみうりのブログ」に掲載したものです。お猫生活ブログの中で書いておりましたが、文芸ブログ開設に伴い移転させています。 *********************************************************************************

 三浦大知君にはまった時の事から大知君シリーズを始めたいと思う。読者のいない段階ではあるが既にシリーズ化は決定している。

 

 2018年末の大晦日の夜、元旦の用意をしながら紅白を観ていた。日頃音楽番組をほとんど観ないため、初めて「U.S.A.」をフルコーラス聴いて喜んだりしていた。そして私は日頃男性ボーカルの楽曲はほぼ聴かないため、若くてR&Bの大知君は私の守備範囲外の人であった。

 

 よく分からないジャンルの人だった大知君が歌い始めた。予想とは全然違う音楽が広がった。日本語なのに新鮮な響きがする。 サビに向けて徐々に期待感が高まる。「やがて目覚め」で始ったフレーズを聴いて驚いた。歌声の美しさもさることながら、完全に日本語の歌詞を歌っているのに、大知君に先入観の無い状態の私の脳が曲を洋楽と認識というか錯覚しているのである。すごいと思った。正直こういう体験は初めてだった。日本人がロックやポップスを演奏する時必ずぶつかる壁、「洋楽と微妙に違う問題」に答えを出した日本人がとうとう現れたと言えば大げさかもしれない。だが何とかして洋楽らしさを出そうと、巻き舌を使ったり喉を潰したりする日本人アーティストを見てきた大人年代の私にとっては、感慨もひとしおなのである。そして激しく踊りながら「自分でいたい」と歌い放った後のなんとも深みのある笑顔で、ファンの方々の言う大きな深~い大知沼にどっぷりとはまったのであった。

 

 この楽曲の斬新さについては、クレスウエアの奥野賢太郎氏が

note.com

で詳しく解説されて、要は日本語は母音が多く、同じ意味では英語より言葉数が多くなってしまい、印象が英語のようにならないというお話で、これを読むと「Be Myself」の新しさが良くわかるのでお読みいただきたいのだが、私も私なりに考えたことを述べたい。

 

 奥野氏が「明らかに「どこにどの子音を並べると気持ちよく聞こえるか」を設計した上で作られていると感じます。」述べているのであるが、この点全く同じことを感じていて、「やがて目覚め」の「て」と、「夜の背まで」の「背」と、「すべてを開放」の「て」のTe、Seの響きがとてもいい。他にもラスト直前の「正解」「隠せない」「滑り台」「果てしない」のάɪ もある。この楽曲の1番と2番更にラストのサビの歌詞は全く同じである。これは2番のサビ歌詞は変化をつけるという一般的な作曲ルールに沿っていない。この音の並びが製作者の狙いを達成していて完成されたものであるからだと思われる。ただこれはおそらく歌う技術があっての話ではないかと思う。声量と発音と何よりリズム感の確かな大知君だからこそ作られた曲だと感じた。このメロディーに隙間の多い楽曲を通しての大知君のリズム感に、R&Bに疎かった私は驚愕した。また、大知君の日本語の歌い方は、絶妙なバランスで英語に使われる有声音、無清音を日本語の単語の中で使っているように聴こえ、それがまた洋楽らしさの一因と思われる。それなのにクセがなく素直な印象があり、総合的には彼の人柄と共にポジティブなメッセージを伝えることに成功している。私がその後この曲を鬼リピしたのは、洋楽っぽいからではない。楽曲に力があるからだ。

 

 次に瞠目した点は、歌詞と楽曲そのもののセンスの良さである。暗から明へ象徴的なワードが畳みかけるように続く。それがバックサウンドと共に感覚に訴えてくる。全体と通してクールさと熱さのバランスがいい。サウンド面ではドラムやシンセサイザーの音など他で指摘されているように懐かしさのある音使いも効果的に思える。

Nao'ymt氏は職人的に聴覚への効果を計算しつつ、曲の世界観をまとめ、鮮やかに詩情を紡ぎだしている。三浦大知氏とNao'ymt氏、若い世代の実力のあるアーティストと出会え、幸せのうちに2018年が終わり、2019年大知FeverYearの幕開けを迎えたのであった。氏は職人的に聴覚への効果を計算しつつ、曲の世界観をまとめ、鮮やかに詩情を紡ぎだしている。三浦大知氏とNao'ymt氏、若い世代の実力のあるアーティストと出会え、幸せのうちに2018年が終わり、2019年大知FeverYearの幕開けを迎えたのであった。

ja.wikipedia.org

 

 最後に、私は2017年の紅白のパフォーマンスも観た。今なら良さがわかるのだが、曲もダンスも「若者」すぎて、すごいとは思ったもののその時はあまり理解できなかった。非常に残念である。その点今回の「Be Myself」は幅広い年代層に受け入れられやすく、大知君の魅力をアピールすることに効果があったのではないかと思う。余談だが、「Be Myself」の衣装もなんとなく1980年代のDCブランドを彷彿とさせ、大人世代としては抵抗がなかったのであった。これからも色々私なりのテーマを見つけて大知君について書いていきたいと思う。

 

                             玖海 有理